医療法人社団昇龍会 |
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(開院記念日に届いた”胡蝶蘭”と”南無谷枇杷”) |
(故郷の南無谷 枇杷を詠む) |
この記念日に出産の日を迎えたママは、なんと19年前当院で生まれた"ひらしまっ子"です。 ご自分の生まれた場所で今度は自分の赤ちゃん"ひらしまっ子2世"を産み、その子に「美空(みあ)」ちゃんと名づけました。 ママのコメント: 「7月1日という日を一生忘れずこれから頑張っていきたいと思いました。とても幸せです。」 パパのコメント:「これからは親子三人で頑張って行こうと思う。人生最大の幸せです。」 若いパパママ美空ちゃんに乾杯!!! |
(美空ちゃんを |
「日本のお産を守る会」とは、その発起人は、京都の田中啓一先生。
平成18年11月、朝日新聞に「看護師内診」の平成14年16年2度に渡る厚生労働省看護課長通知見直しを求める投書をしたのをきっかけに、七人の産科医が結集。
当院はいち早く賛意を表明。
同窓会・上尾市医師会・当院関係者全てに署名を求めました。
そして、昨年3月22日に、「守る会」代表七人は、厚生労働省に赴き、局長宛てに、看護課長通知の見直しを求める要望書を手渡しました。
このような運動の高まりにもかかわらず、「看護師内診問題」は、昨年4月、日本産婦人科医会会長、厚生労働省医省局長、看護協会が集まり、局長通達という形で決着を見たといわれる中、看護課長通知はそのまま削除されることはなく、看護協会、マスコミは今も「看護師内診禁止」の立場をとっています。
このことが、産科看護師とともに、安全安心のお産を提供し続けてきた多くの中小産科施設にとっては今なお懸念される事柄です。
戦後60年かけて、日本の周産期医療を世界のトップクラスに押し上げ、助産所分娩から、地域に根ざした安心・安全のお産文化を築いて、日本の出産の半数を担ってきたのは中小産科施設です。
当院はその一翼を担うものとして、"誇り"と"歓び"を持って、開院満22年を迎えた今日再び妊婦さんから必要とされる産科施設である限りは、
妊婦さんを守るため、体力・気力の続く限りはお役に立ちたいとの思いでいます。
さて、今日の「産科医療崩壊」をもたらした原因を要約してみると、
1) 2006年2月 福島県大野病院加藤医師が業務上過失致死と医師法21条(異常死届出義務違反)で勤務中に逮捕され、その連行される姿は繰り返しTVに映し出されました。
この事件は、多くの日々身を削る思いで、産科医療を担ってきた勤務医を震え上がらせました。
そしてメデイアの医師批判が高まる中、日々リスクと隣り合わせの現場から、産科医は退いて行かざるを得ない状況が作られていったのです。
この大野事件の結審は来る8月20日になされます。もし"有罪"となれば、産科医療瓦解はますます進むことになってしまうのです。
産科医に要求されるのは、"10割打者"、"100%の成功率"を求められ、その過度の期待に応えられずに、不幸な転帰をきたした時、「逮捕」を覚悟せよということであるなら、若い医師は決して産科を選ばなくなります。
2) 2006年9月には、横浜堀病院に「看護師内診」で、神奈川県警による大規模立ち入り調査が入りました。マスコミは「無資格助産行為」という誤った見出しで、連日報じました。
この事件は、多くの産科看護師とともに地域のお産を守ってきた産科開業医のお産への意欲を失わせ、お産取扱い施設の大幅減少をもたらしました。
3) さらに奈良県における"妊婦たらい回し事件"が起こりました。奈良県の病院全てに受け入れ拒否され、搬送先の大阪の病院で、脳出血でなくなった妊婦さんの事故は、奈良県における、妊婦受け入れ体制の不備を浮き彫りにしました。
今回のシンポジウムの講演者、宮崎大学、池の上教授は、20年間かけて、宮崎県の周産期システムを創り上げ、その結果、宮崎県の新生児死亡率の低さは、全国トップクラスまでになりました。
宮崎方式とは1次2次3次の産科医療施設が連携し、緊密な関係を結び、妊婦さんの情報も共有し、それぞれの役割分担を守って、地域の出産を担っているものです。
3次施設はハイリスク妊産婦の受け入れを拒否せず、このシステムが機能するために、宮崎では、1次施設がお産の7〜8割を行っています。
次のシンポジストの静岡県の前田先生は、1次施設の立場から、常にFACE to FACEの付き合いを通して、1次が連携し、地域のお産を守っている実例と、一人開業医として、時には、搬送も間に合わず、30分以内の緊急帝王切開を行った経験も話されました。
さらに神戸で開業の小野先生も、地域で、お産取扱い施設が減り続ける中で、辛い訴訟の経験を乗り越えて、厳しい現実の中、身を削って頑張っているお話をされました。
これまで、頑張ってきた、1次施設が撤退してしまえば、2次・3次が機能不全に陥ります。2次・3次をしっかり支える1次が存在することが、
しっかりしたピラミッド体制を創り上げるためには重要なことなのです。
「産科崩壊」は目前に迫っています。
私は、一番の犠牲者は、これから赤ちゃんを生み、育てようとしている妊婦さんたちだと思うのです。
そして、少子化に歯止めがかからなくなるとき、日本は消滅の道を歩むことになります。
超高齢化社会が加速し、現在の保険制度自体が崩壊することになるのですから。
舛添厚生労働大臣殿には、現場の声に耳を傾け、5年後10年後の理想を追って、その前に産科が崩壊してしまう道を辿るのではなく、今すぐできることから、英断を持って取り組んで欲しいのです。
画餅で終わりそうな、集約化や院内助産所に多くの手当てをつけることより、今頑張っている産科医に、お産の現場にとどまってもらう
ために必要な施策をお願したいと思います。
開院22周年を迎えて、当院は、これからも「自然分娩と産科学の融合」をめざして、自然分娩可能と判断した妊婦さんには、「助産医」として、
しかし、一旦、母児が危機を迎えた瞬間には、冷静に「産科医」として、産科技術を駆使して、無事"幸せな出産"迎えられるよう、全力で取り組む
覚悟でおります。
「MR周産期 宮崎大学 池の上教授・MR守る会 静岡前田先生
MR・BFH(赤ちゃんにやさしい病院)石井先生と平嶋律子
(院長の代理で出席、懇親会場京都庄屋で撮影)
京都 宇治 三室戸屋 (シンポジウム翌日立ち寄った京都にて)