最新情報、PHOTO MONTHRY DIARY 55号
フォト・マンスリー ダイアリー2014年12月号
2014年も残すところ僅かとなりました。
先日所属する上尾市医師会誌の原稿執筆依頼を受けました。
5年前私が書いた原稿「シルバーの手習い その後」と題して、書かせていただきました。
2014年最後の「フォト・マンスリー・ダイアリー」に掲載させていただきます。
「シルバーの手習い その後」 平嶋昇
前回、(2008/11月)私は、「シルバーの手習い」と題して、
「私の趣味」について書かせていただいた。
あれから早5年、その後私の『三種の神器』はどうなっただろうか?
第一の趣味にして、わたしの仕事である『 お産 』について。
今でも現役産科医として、昼夜を分かたず「必殺仕事人」続けています。
今年は上尾市医師会推薦により、「26年度救急医療功労者埼玉県医師会長表彰」という
思いもかけぬ栄誉に浴することができた。
「産婦人科医として40年以上、開院して28年以上もの間、妊婦さんと赤ちゃんにとって
安全で最も快適なお産を目指し、日々研鑽を重ねている。」との推薦の言葉は、
長い間の苦労が一瞬にして吹き飛ぶほどうれしく、有り難いものでした。
次に、今春、診療の合間に執筆に取り組んだ論文「骨盤位分娩管理」が
日本産婦人科医会報(会員総数11,000人)2014年11月号に掲載された。
40数年の骨盤位経膣分娩の経験を纏めた労作である。
各方面から、励ましと称賛をいただいた。
減り続ける産科医が、少しでもそのやりがいに気づき、目ざして欲しいとの願いを込めたものだった。
妻曰く「龍年生まれのあなたは、年を取らないマジックドラゴン。子年生まれの私はとっくに食い殺されています。」
と嫌味をいわれるほど、仕事を第一の趣味にしている。
第二の趣味『 柔道 』について、
いつのまにか、「講道館五段」を授かることができ、お守りのように診察室に額に入れて飾ってある。
中学3年の時、母校安房校の大先輩・当時全日本柔道選手権者の醍醐敏郎(現在講道館十段)を
大外掛けで倒したのが認められた?
これで我が家は、私・次男・嫁・三男の段位を合わせると「十段」となった。
目下の楽しみは、孫「航希」が、オリンピックで柔道に出て、私の「夢」を叶えくれること。
何しろ、産着替わりに「柔道着」を着せられたくらいで、食欲の塊のような孫で、まんざら夢でもなさそうだ。
第三の趣味『 俳句 』は、飽きっぽい妻はとっくに辞めてしまったが、
元来しつこい性格の私は、毎月の締め切り日が近づくと、指を折り、「歳時記」片手に、句作に苦しんでいる。
最近は、さらに気分転換に、お産を終えると電車に飛び乗ってシネコンやコンサート、相撲観戦に行く。
11月10日に亡くなった「高倉健」さんの遺作『 あなたへ 』も浦和で封切り間もない頃に、愛妻に促されて観に行った。
40年前、結婚後初めて観た映画が『幸福の黄色いハンカチ』だった。
錦糸町の便所臭い映画館だった。
あの映画は、網走刑務所から出所するところから始まる。
遺作の「あなたへ」は、刑務所の「刑務官」役。
「前科者」から「刑務官」までの幅広い役を見事に演じきって
「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」を遺して健さんは旅立った。
もう一つの気分転換の「コンサート」。
今年8月には、やっと取れた3日間の夏休みを郷里「富浦」の海(私の秘密の岩場)に潜って、
晩酌のお供の「尻高」を採って毎日過ごした。
最終日アクアラインをプリウスαでブっ飛ばして、「武道館」に直行。
『 若大将 加山雄三 喜寿 武道館コンサート 』に駆けつけた。
アリーナ席で、眼前で4時間に亘って繰り広げられた、生歌 生演奏に酔いしれた。
最後にお祝いにサプライズ出演した、サザンの「桑田佳祐」が花束を持って登場すると、
会場を埋め尽くした一万人の中高年は総立ちとなった。
二人がギターを抱え、「君といつまでも」を歌い、「君といる時が一番しあわせだよ」の台詞に、
会場の盛り上がりは最高潮に達した。
77歳の加山雄三から力をもらって、『 夢は想えば叶う 』を信じて、
『 年を取らない マジック ドラゴン 』
龍年生まれ 平嶋昇は「昇り龍」続けます。
皆様、来年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
付記:日本の相撲力士がもっともっと活躍することを願って
「遠藤聖大」関の後援会「藤の会」に入会。
東京場所前には激励に行ってます。
「遠藤聖大」関と。
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